コミュニケーション・デザインを解剖する -BtoB SaaS篇
池松です。みなさんいかがお過ごしでしょうか。随分お休みしていたニュースレターですが、リニューアルして再スタートします。不定期ですがよろしくおねがいします。
池松潤(いけまつ じゅん)
コミュニケーションデザイン・情報発信学
東京都出身。慶応義塾大学卒業後、大手広告会社員時代に雑誌コラム連載・ビジネス書を執筆、国内5万部・海外版等。登壇・イベント・最新情報などは ⇒ コチラ
1:BtoB SaaS界隈のコミュニケーション・デザインへの違和感
The MODEL本から続くSaaS有名企業のケーススタディを基準線とした崇拝のような引用が目につきます。プロダクトやユーザー特性によってタッチポイントが変わり、コミュニケーションそのものが変わるのにも関わらず、ケーススタディ・ハックのような薄っぺらいコミュニケーション・デザイン論が主流然としている感じがするのは私だけでしょうか。
2:BtoB SaaS に必要なコミュニケーション・デザインとは何か?
ユーザーや潜在顧客を深層学習などであらゆる行動を見極めて、よりよいコミュニケーションをして、企業と顧客の双方が理想とする関係に導くことだと考えます。
なぜならば、コミュニケーションそのものの成り立ちの変化からコミュニケーション・デザインを見つめ直すことで、その本質を捉えることができると思うのです。
3:コミュニケーション・デザインの近世史変遷から考える
SNSの進展により情報の民主化は本格的に進んで20年以上経ちました。SNSビフォア・アフターで捉えると、コミュニケーション・デザインは全く違うものになったことがわかります。SNS以前では既存メディアを通じないと情報は伝播しなかったが、SNS後には隠蔽は無意味なほど誰でも情報アウトプットは可能になったからです。
SNS以前のコミュニケーション・デザインとは、コミュニケーション全体を設計することであり推論による仮説を検証することでしたが、SNS後は(まだまだ難しい点はあるものの)コミュニケーションをDATAで見える化させて課題を浮き彫りにして客観的なフィードバック(カイゼン)を素早く行えるようになりました。この違いの意味するところは大きい。
つまりコミュニケーションとは、目に見えないものではなく、目に見えるものへ成長過程の新しい形態にある。そのデザインとは従来の職人的推論ではなくて、進化するデータ分析をさらに進化させる視点でデザインすることが、コミュニケーション・デザインの本質だし、コミュニケーション・デザインがよりよい未来を切り拓けることになると思うのです。
4:コミュニケーション・デザインはロゴや平面ビジュアルだけなのだろうか?
デザイナー視点からの情報アウトプットは多い。これはSaaSに必須のUI/UXデザイン関連から派生しているためだと類推するのですが、そのためロゴなど平面ビジュアル関係の情報が多い。しかしコミュニケーションを消費するユーザー側から俯瞰するとコミュニケーションデザインには動画など記憶に影響が大きい領域から考えた方が能率的だと考えられるし、これからはデザイナーよりも、企業にはクリエイティブ全般を見ることができるCD(クリエイティブ・ディレクター)の視点の方が必要だと感じます。
このあたりは、コミュニケーションに対して本質を見極めるセンスが経営者にないと難しいし、旧来のCD(クリエイティブ・ディレクター)では、SaaSビジネスへの造詣やデータアナリシスの能力が欠けるので、適任の能力と経験を持ち合わせた人材は国内に見つけることは難しいと思われ、シンCD(クリエイティブ・ディレクター)を育成する必要があります。
※CD(クリエイティブ・ディレクター)とは、コンセプトから開発したアイデアを具現化するための指針を決定する偉い人で各分野の専門スタッフを指揮する中心的な立場の人物のこと。映画における監督の権限をイメージしてもらうと強権ぶりが伝わるかもしれない。ディレクターとはディレクションするヒト。ディレクションとは指揮や指示をするヒトのこと。テレビ局のディレクターとか想像しちゃダメ。広告業界のクリエイティブのCDを想像しちゃうと思考様式が古いからダメと言っとく。
・SmartHRの「コミュニケーションデザイン組織」が担う役割と活躍するデザイナー像
https://cocoda.design/bebe3/p/pe6729866f242
・SmartHRのすべてのタッチポイントにコミュニケーションデザインを。 チーム体制2021
https://note.com/bebene3/n/n8e98c2c8cd36
・SmartHR Design Systemは、すべての人によりよい体験を届けるためのデザインシステムです。
https://smarthr.design/
・コミュニケーションデザインってなに? デザインシステムから見るブランドづくりのイベントまとめ
https://twitter.com/i/events/1509491580989706243
5:企業の語るパーパスという正論はコモディティ化している
コミュニケーションデザインには企業のビジョン・ミッション・バリューやパーパス・存在意義の視点は不可欠になりますが、企業がその手の類である正論を正論として語っても、コミュニケーションが広がりをもって伝播することは難しいと思います。正論のコモディティ化はSNSによりさらに加速して有名と無名による正論伝播の格差はますます拡がるでしょう。
コミュニケーションデザインを考えるうえで、シンCD(クリエイティブ・ディレクター)が鍵になってくるのは、①コミュニケーションセンス+②デザインセンス(絵心にちかい)+③社会心理へのセンスの3つが必要になるからだと思います。これらのセンス(能力ではない)によって、良きシンCD(クリエイティブ・ディレクター)は正論を広く伝播するチカラを発揮することでしょう。
6:正論ほどエンターテイメントしないと伝わらない
センスばかり強調していても「再現性が無い」から無理と言われてしまうので補足すると、正論ほどエンターテイメントとしてコミュニケーションをデザインしないと成果がでません。
これは面白おかしくするという視野の狭いエンタメではなく、ジンワリ滲みたり、深く感動したり広い視野でのエンタメであり、シンCD(クリエイティブ・ディレクター)には社会の潮流を見極めるチカラと、その実現に必要な現場スキルが求められます。
7:エンタメ化するなら動画は避けられない
カーネマンのシステム1・システム2で語られる、自動的で処理が速い「システム1」と、意識的で処理の遅い「システム2」の2つのモードで思考を処理するという視点からコミュニケーションデザインを考えると、YoutubeやTiktokやライブ配信番組・動画をどのように効果的に利活用するか?シンCD(クリエイティブ・ディレクター)は考える必要が生じると考えます。これはプラットフォームとしての動画をどうこうするという事ではなくて、どんなユーザーであろうとターゲットであろうとヒトの認知経路を考えると、動画ほど堕情でも受容してもらえる手法は他に見当たらないからです。
8:なぜBtoB SaaS で動画はうまく行かないのか?
国内に限らず海外でもBtoB SaaSでYoutube再生回数が1000万回の動画はありません。これはYoutube視聴スタイルに沿った番組フォーマットが開発出来ないという面もあると思われますが、前述から繰り返し述べている、シンCD(クリエイティブ・ディレクター)が育っていないからではないでしょうか。
シンCD(クリエイティブ・ディレクター)には、①コミュニケーションセンス+②デザインセンス(絵心にちかい)+③社会心理へのセンスの3つが必要になる謂わばスーパーマン能力が必要なわけで、再現性ガーとか狭い視野に留まっていると実現できないのです。ですのでSmartHRの真似っ子ばかりしているSaaSごときからは動画を効果的に活用する事例が生まれるわけがありません。
しかし目を凝らして注意深く考察していると、コロナ以降ライブ配信番組にヒトもモノもカネも突っ込んでいるnote社においては、テレビ番組レベルのライブ配信動画を蓄積していて、そこにはライブ配信技術者にサウンドデザイナーでもあるデジタル系ロックミュージシャンを登用するなど従来の枠を超える取り組みも見え隠れします。
9:BtoB SaaSの成功は、社会の共通合意現象として受け入れられること
多くのSaaS経営者は「社会に受け入れられるサービスをうんぬんかんぬん」とか「多くの人に喜ばれるあーだこーだ」と話します。これは端折ると日本人が最も好む「空気」を作るってことなのですが、もう少し噛み砕くと「(自分にとっての)みんなが知っていて認めている状態」のことです。「みんなが知っていて認めている状態」とは、自分だけじゃないみんなが認めている「共通の合意した状況」のことです。これを簡略化して「空気」と呼びます。まぁ。「空気=社会現象」と呼んでもいいかもしれません。ライザップやビズリーチは旧来のテレビCMを利用することで「空気=社会現象を構築したのです。
10:もしも最強時代の大英帝国なら現代日本をどう手なづけるか妄想してみる
ではちょっと妄想をすることで思考を深めたいと思います。もし7つの海を支配した頃の最強時代の大英帝国ならどうでしょう。アヘン戦争をしかけて中国大陸を影響下において搾取した方法を、現代日本に適用するとしたらどのような手法を取るでしょうか。補助線として、あなたのスマホはGAFAMの植民地と思えば妄想が進みやすくなるかもしれません。
空気に弱く、戦略的システム搾取に弱く、八百万(やおよろず)の神を行動基準とする日本人へのコミュニケーション・デザインの3つの要点は以下の通りです。
①無意識のうちに加速するコスパ至上主義。
②お金に取って代わるほどパワーを発揮する影響力(インフルエンス)へのあこがれ。
③魚群のように中心の核をなさない、推しや共感の集合力と拡散力。
これらはコミュニティ・マーケティングや、コンテンツマーケティングなど横文字に置き換えることでカッコよく聞こえますが、GAFAM側の管理画面(=為政者 or 一神教の神)からの視点で考察すればわかりやすくなるかもしれません。ただし誤解や炎上を恐れなければのハナシですが。
11:空気に弱いこの国の「空気の醸成」の具体的な方法
GAFAM側の管理画面を見たことがあるSaaS経営者は超少ないと想像しますが、AdobeのPDFを考察するとわかりやすいと思います。もしPDFを八百万(やおよろず)の神が作ったらPDFのような互換性はとれなかったでしょう。ワードもパワポもPDFという一つの神にフォーマットをあわせるから見えるのであり、互換性とは一神教の文化の方が生まれやすいのです。
これはSNSやSaaSなどプラットフォームの歴史を学べばわかることですが、クリスマスのあとにお正月を神社へ参拝する我々よりも、一神教の文化の方が先行するのは無理のないハナシです。LINEが欧米に普及せず東南アジアで利用されるのも設計思想が儒教的だと考えればうなずけますし、BTSのアプリのUI/UXが欧米のアプリとは違い、縦と横の両方のスクロールが多いのもそのためです。
ハナシが大きく迂回しましたが、前述の為政者的視点で空気の醸成を生む3つは以下の通りです。
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①コスパ優先という損得感情を刺激する
②影響力へのあこがれを刺激する
③推しや共感を生むエモを刺激する
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なんでも答えを求めるハック野郎にすべてを語るほど私は慈愛に溢れていないので「これをやれば3秒でできる!空気の醸成」的なものは書きませんが、がしかしシンCD(クリエイティブ・ディレクター)を育成する覚悟を経営者が持ち、愛とカネを注げば、これからの可能性は大だと思われます。聡明なるVC様においてはT2D3ガーとかCACガーと数値を語られるのも結構なのですが「空気」は時価総額に反映する要素だと勝手に思っているので検討してはいかがでしょうか。a16zガーとか見上げててもアレですから。もっとカッチョよくなって欲しいわけですよ。あなた達の影響はなんだかんだ大きいですから。
12:コミュニケーション・デザインとは循環するコミュニケーションである
「まだ無いけどあるといい未来を創ること」がSaaSのコミュニケーション・デザインの根っこにあるならば、挑戦のジレンマを乗り越えて、明るく希望に満ちた日本を産み出せると信じています。
得てしてどこの国でも創業者は無茶苦茶な生き物ですが、その生き物でさえも空気を吸って生きているわけで、空気を醸成すれば、このロクでもない愛すべき世界を幸せにできると思うからです。
また迂回しましたが、コミュニケーションデザインとは手法でありツールです。コンピューターやAIのチカラをかりて、よりよい体験に導くコミュニケーションはPDCAを回すがごとく「循環」が大事です。サービス提供者と利用者がより豊かな体験を分かち合える循環とは、古くいにしえの「おたがいさま」を現代にアップデートした新しい価値観を生むでしょう。訳わからんと思うかもしれんけど、そのくらいのココロをもってコミュニケーションデザインを楽しんでいこうじゃありませんか。
コミュニケーションデザインにもそのヒトや組織の思想と哲学が滲むわけで、コミュニケーションデザインが新しい文化を生むことを信じるかは人間の器の問題です。というわけで長くなりましたがココまで読んで頂いた奇特なあなたに感謝します。本コラムが微力ながらお役に立てることを願って今回の〆とさせて頂きたいます。ではまたサブスタックでお会いしましょう。
池松潤(いけまつ じゅん)
コミュニケーションデザイン・情報発信学
東京都出身。慶応義塾大学卒業後、大手広告会社員時代に雑誌コラム連載・ビジネス書を執筆、国内5万部・海外版等。登壇・イベント・最新情報などは ⇒ コチラ
お仕事お待ちしています(金次第)